廉友良

廉 友良(ヨム・ウヤン、朝鮮語: 염우양/廉友良1911年10月5日 - 没年不明)は、大韓民国教員政治家。第3代韓国国会議員[1]本貫坡州廉氏[2]。名前はヨム・ウリャン朝鮮語: 염우량)とも表記される[3]

経歴

忠清南道公州出身。公州永明高等学校を経て護国軍士官学校(1期生)卒。公州保安隊長、反託闘争委員会公州郡支部長、民族代表者大会公州郡代議員、公州能仁高等公民学校長などを務め[1]自由党創立の際にも名を連ねた。その後は自由党公州甲区党委員長を務め、1954年の第3代総選挙では公州甲地区より自由党の公認で立候補して当選し、国会議員となった[1]。1956年に同党院内副総務に選出された[4]。1967年5月には新民党を離党し韓国独立党に入党し[5]第7代総選挙に出馬するも落選、1969年3月19日時点では「改憲推進委員会」に参加していた[6]。以後の消息、近況ともに不明。

脚注

  1. 대한민국헌정회”. rokps.or.kr. 2023年1月27日閲覧。
  2. (133)파주 염씨(坡州廉氏)-53,539명 (朝鮮語). 서울이코노미뉴스 (2015年2月19日). 2023年1月27日閲覧。
  3. 激烈한 論戰을 展開 (朝鮮語). 부산일보 (1957年1月27日). 2023年1月27日閲覧。
  4. 自由? 六議員 除名 再審 建議 (朝鮮語). 부산일보 (1956年6月25日). 2023年1月27日閲覧。
  5. 韓獨에 집단入黨 (朝鮮語). NAVER Newslibrary. 경향신문 (1967年5月15日). 2023年1月30日閲覧。
  6. "저사람은나보다政治(정치)잘해"”. NAVER Newslibrary. 2023年10月3日閲覧。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.