張祜
略歴
憲宗の元和15年(820年)頃、令狐楚が朝廷に推薦して官僚にしようとしたが果たさず、高官の家に寄食したが、妥協を好まぬ性格のため、自分から家を出た。
その後、淮南の地方を旅して曲阿の風物を愛し、丹陽に家を建てて住んだ。
『張承吉文集』10巻がある。
詩人としての彼
作品に、『雨霖鈴(うりんれい)』(七言絶句)、『集霊台(しゅうれいだい)』(七言絶句)がある。
| 雨霖鈴夜却帰秦 | 雨霖鈴(うりんれい)の夜 却って秦(しん)に帰る |
| 猶是張徽一曲新 | 猶お是れ張徽(ちょうき) 一曲新たなり |
| 長説上皇垂涙教 | 長(つね)に説く 上皇 涙を垂れて教えしを |
| 月明南内更無人 | 月明南内更無人 |
| 虢国夫人承主恩 | 虢国夫人(かくこくふじん)は主恩を承(う)け |
| 平明騎馬入宮門 | 平明 馬に騎(の)って宮門を入(い)る |
| 却嫌脂粉汚顔色 | 却って脂粉(しふん)の顔色(がんしょく)を汚(けが)すを嫌(いと)い |
| 淡掃蛾眉朝至尊 | 淡く蛾眉(がび)を掃いて至尊に朝(ちょう)す |
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