張秋穀
略伝
幼い頃より画を好み倪瓚・呉鎮に私淑してそれぞれ山水図・蘭竹図を独学したという。
天明6年(1786年)に来日。天明8年(1788年)10月、春木南湖の訪問を受け費晴湖とともに筆談を交わし画法・書法を伝授している。
渡来時は秋谷(昆)と名乗ったが帰国後は秋穀(莘)に改称したと考えられる[2]。画風も一変し、秋谷は水墨画か稀に淡彩画で作品数も少なく、秋穀では主に彩色花鳥画となる。
参考文献
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