張継
人物
753年(天宝12年)に進士に合格、安史の乱にさいして江南に逃れ、越州(浙江省紹興市)・杭州(浙江省杭州市)・潤州(江蘇省鎮江市)・蘇州(江蘇省蘇州市)などを歴遊する。初めは節度使の幕僚となり、のちに塩鉄判官となった。766年(大暦元年)ころ朝廷に入り、侍御史、検校祠部郎中に任じられた。770年、洪州(江西省南昌市)の地方官として転出、同地で没した。博識で議論好きな性格で、政治に明るく、公正な政治家だという評判があった。道士のような風貌であったという。
作品
煬帝の拓いた大運河を旅する途中、蘇州郊外での旅愁をうたった「楓橋夜泊」は優れた漢詩として知られる。
月落烏啼霜満天、
月(つき)落(お)ち烏(からす)啼(な)いて霜(しも)天(てん)に満(み)つ
江楓漁火対愁眠。
江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁眠(しゅうみん)に対(たい)す
姑蘇城外寒山寺、
姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒山寺(かんざんじ)
夜半鐘聲到客船。
夜半(やはん)の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到(いた)る
詩集に『張祠部詩集』1巻があり、47首の詩が収載されている。

寒山寺の鐘楼
関連項目
参考文献
脚注
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