律令要約
意義
1742年(寛保2年)の「公事方御定書」制定以前の江戸幕府法や律令の先例・慣習をまとめた、というところにこの事業の大きな意味がある[1]。律令要約の編纂によって徳川吉宗の公事方御定書が、より確立した法になったことで、その影響を及ぼしている。詳細は石井良助編『近世法制史料叢書』第二に収録されている[2]。
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