御陣乗太鼓
由来

奥津比咩神社(舳倉島、2013年)
越後の上杉謙信は、1576年以来能登へ攻め入って、翌年に名舟村をも攻撃したが、村人は鍬や鎌など以外は武器は持たなかったので、古老の知恵を借りて、樹皮のお面と海藻の頭髪で仮装して、太鼓を打ち鳴らして夜襲をかけて、上杉軍を退散させたという。村人たちは名舟沖48kmにある舳倉島奥津比咩神社の大祭に御陣乗太鼓の舞いを奉納するようになった。[1]
名舟大祭
御陣乗太鼓は1960年代には、付近の国道249号の交通を止めて、トンネル内で日本海の波音を聞きながら観光目的に行われた時代もあったが、現在は「名舟大祭」の一部として行われるように戻っている。
名舟大祭は毎年7月31日・8月1日に名舟にある白山系奥津比咩神社の祭りとして行われて、初日は夜9時にキリコ(切籠) の巡航が行われる。2日目は本祭りで、午後2時名舟海岸に神輿が到着して、船に神輿を乗せて海に建つ鳥居まで祭神を送り、海岸の広場では同時に御陣乗太鼓の奉納が行われる。[2]
関連項目
外部リンク
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