心覚
略歴
初め天台宗園城寺に入って出家・受戒して天台教学を学んだ。しかし、宮中で興福寺の三論僧の珍海と論議を行って敗れ、真言密教を学んだ。醍醐寺の賢覚・実運から東密小野流の法を受け、大和国光明山に長く住し、その後高野山の兼意に従って真言密教の奥義を極めた。常喜院に住し、密教の白描図像を研究するなど多くの著書を残している。治承4年(1180年)または寿永元年(1182年)に没した。
参考文献
- 真鍋俊照「心覚と別尊雑記について」『仏教芸術』70号
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