宗重尚
宗 重尚(そう しげひさ)は、鎌倉時代の武将。宗氏初代当主。
凡例 宗 重尚 | |
|---|---|
| 時代 | 鎌倉時代 |
| 生誕 | 不明 |
| 死没 | 不明 |
| 別名 | 惟宗重尚 |
| 墓所 | 長崎県対馬市厳原町内山の木武古婆神社 |
| 氏族 | 宗氏 |
| 父母 | 父:平知宗? 惟宗信国? |
| 兄弟 | 重尚、助国 |
| 子 |
なし 養子:助国(実弟) |
略歴
寛元3年(1245年)、対馬国の阿比留親元が反乱を起こしたため、これを討つために筑前国より対馬に入島した。翌寛元4年(1246年)に阿比留氏の反乱を平定し、対馬の国主となったとされる。近年の研究では、その存在が疑問視されている。
韓国での捏造
韓国の黄白炫(ファン・ベクヒョン)は、宗重尚は朝鮮半島・釜山出身で元の姓は宋であったと主張している。[1]
この研究によれば重尚の墓が存在しないのは(後世の創作による人物だからではなく)遺体を出身地の釜山に移送したためであり、重尚の墓は釜山のいずれかにあるとしている。
現実には重尚の墓は木武古婆神社に現存している。
脚注
- “対馬の島主 宗氏ではなく韓国人の宋氏=韓国学者”. 聯合ニュース. (2012年6月1日) 2021年8月22日閲覧。
出典
- 宗氏家譜
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