愛媛県立新居浜西高等学校
愛媛県立新居浜西高等学校(えひめけんりつにいはまにしこうとうがっこう)は、愛媛県新居浜市に位置する県立高等学校。略称は、一般的には西高。
| 愛媛県立新居浜西高等学校 | |
|---|---|
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北緯33度57分43.38秒 東経133度16分37.23秒 | |
| 過去の名称 |
新居浜町立新居浜女学校 新居浜町立実科高等女学校 新居浜町立新居浜高等女学校 新居浜市立新居浜高等女学校 愛媛県立新居浜高等女学校 愛媛県立新居浜第二高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
|
| 校訓 | 徳・知・体 |
| 設立年月日 | 1917年 |
| 創立記念日 | 5月3日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制・定時制課程 |
| 単位制・学年制 | 単位制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | D138220500024 |
| 高校コード | 38105F |
| 所在地 | 〒792-0024 |
|
愛媛県新居浜市宮西町4番46号 | |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |

沿革
出典:[1]
- 旧制学校
- 1917年 - 新居浜町立新居浜実科女学校として創立。
- 1919年 - 新居浜町立新居浜実科高等女学校に改称。
- 1927年 - 新居浜町立新居浜高等女学校に改称。
- 1937年 - 新居浜市立新居浜高等女学校に改称。
- 1940年 - 愛媛県立新居浜高等女学校に改称。
- 新制高校
- 1948年 - 愛媛県立新居浜第二高等学校が発足、併設中学校設置、別科設置。新居浜市立定時制高等学校設置。定時制高校を県立移管。
- 1949年 - 愛媛県立新居浜工業高等学校と合併して愛媛県立新居浜西高等学校となる。定時制に普通科、工業科設置。
- 1950年 - 中萩分校(定時制普通科)設置。
- 1951年 - 定時制商業科設置。
- 1952年 - 全日制・定時制工業科が愛媛県立新居浜工業高等学校として独立。
- 1953年 - 定時制家庭技芸コースを設置。
- 1956年 - 家庭技芸コースを全日制に移管。
- 1957年 - 中萩分校廃止、角野分校(定時制普通科)設置。
- 1963年 - 角野分校を全日制に移管。
- 1964年 - 定時制商業科廃止。角野分校が愛媛県立新居浜南高等学校として独立。
- 2008年 - 家庭科廃止。
必履修科目未履修問題
「高等学校必履修科目未履修問題」も参照
必履修科目である世界史と理科基礎が未履修であった。当初、新居浜西高校は未履修はないと発表していた。しかし、2006年11月6日に、当時の校長が未履修について自らの責任を感じ自殺した。当時、未履修問題が大きくクローズアップされていたこともあり、このことはマスメディアでも大きく報じられた[注釈 1]。この事件を受け、翌日の2006年11月7日に、未履修の科目があった事実を認めた[2]。その後は、補習授業により履修時間が確保されたが、必修科目未履修は、文系理科、文系社会科や理系社会科などで新居浜西高校が認めている2000年代より以前から長年に渡り行われていた。国公立大学合格者増という目標のための、学習指導要領を無視した指導である。
著名な出身者
企業家
政治家・官僚
文化人
脚注
注釈
- NNN Newsリアルタイムが正門前から生中継でレポートするなど、全国ニュースでもとりあげられた
出典
- “沿革”. 愛媛県立新居浜西高等学校 全日制. 2022年9月21日閲覧。
- “必修の理科基礎も未履修 校長自殺の新居浜西高”. 共同通信社. 2008年9月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月2日閲覧。
外部リンク
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