愛知用水公団
概要
概説
愛知用水公団法により1955年(昭和30年)10月に設立された[1]。木曽川水系及び豊川水系の水資源を総合的に開発してその利用の高度化を図り、食糧その他農産物の生産の増進と農業経営の合理化に資するため、大規模な灌漑・排水施設(愛知豊川用水施設)の新設及び管理、開田、開畑等の事業をおこなった。後に発足する水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)の母体ともなった。
1968年(昭和43年)10月1日、水資源開発公団法の一部を改正する法律により解散。一切の権利及び義務は水資源開発公団が承継した。
業務
公団は、農林大臣が指示した事業基本計画にもとづいて作成した事業実施計画を大臣に提出したうえで、以下の業務をおこなった。
また、施設管理規程を作成し、これを農林大臣に提出したうえで、前述の事業の施行によって生じた施設の管理をおこなった。これらの事業の受益者は、その範囲で賦課金を負担し、受益地をその区域に含む県は、事業費用の一部を負担した。
このほか、以下の業務もおこなうことができた。
財務及び会計
公団は事業年度毎に農林大臣から、予算等の認可、財務諸表の承認をうけた。一方、愛知用水公団債券の発行のほか、国際復興開発銀行から長期借入金を、政府又は国際復興開発銀行以外の金融機関からは大臣の認可をうけて長期借入金又は短期借入金をおこなった。政府からは長期又は短期の資金の貸付や債券引受のほか、一定の範囲の債務保証がなされた。
脚注
- 愛知用水公団総務部、愛知県農地部 1968, p. 274.
参考文献
- 愛知用水公団総務部、愛知県農地部 編『愛知用水史』愛知用水公団、愛知県、1968年9月30日。doi:10.11501/3442719。
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