成田俊彦
人物
聖徳学園関東高等学校から京都産業大学を経て、マツダオート東京で選手としてプレーし、後に広報に転じる。
1996年にアンフィニ東京が廃部になると、クラブチーム「所沢ブロンコス」を設立。GMに就任する。
1999年に日本リーグ昇格を果たしたが、当時の日本リーグは実業団のみで市民球団(クラブチーム)は例がなかったため、選手登録窓口だった実業団連盟と揉めるが、結局連盟は折れる事になり市民球団を認めさせた。
2005年、新潟アルビレックスの河内敏光GM(当時)とともにJBLを脱退。bjリーグを発足した。
2020年3月7日、池田純のオーナー兼取締役就任に伴い代表を退いたと発表した[1]。
同年、Bリーグ新規参入を目指す山口ペイトリオッツの代表に就任[2]
脚注
- “B3埼玉、DeNA前球団社長・池田純氏のオーナー就任を発表”. SANSPO.COM. (2020年3月7日)
- “目指せBリーグ入り バスケット「山口ペイトリオッツ」誕生 山口”. 毎日新聞. (2020年8月8日) 2020年8月23日閲覧。
関連項目
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