戯作
種類
戯作は、洒落本、滑稽本、談義本、人情本、読本、草双紙などに大きく分けられる。さらに草双紙は内容や形態によって赤本、黒本、青本、黄表紙、合巻に分けられる。
談義本
談義本とは、滑稽さと教訓を合わせ持っていた、滑稽本のはしり。
読本
読本とは、口絵や挿絵もあったが、文章中心の読み物であるところから読本と呼ばれた。中国文学の白話小説から影響を受けて生まれた。史実に取材することがあっても基本的にフィクションであり、勧善懲悪思想などを中心に据えた読み物であった。娯楽性も強いが、草双紙などと比べ文学性の高いものと認識されており、初期読本は知識人層によって書かれた。印刷技術や稿料制度など出版の体制が整っていたこともあり多くの読者を獲得したが、発行部数などは草双紙に及ばない。江戸や大坂で上田秋成、曲亭馬琴、山東京伝といった作者が活躍した。
代表的な読本には、秋成の『雨月物語』や馬琴の『南総里見八犬伝』などがある。

歴史
「戯作」の言葉自体は中国に古くからあり、その影響から日本でも江戸時代以前から使われていた。正当な表現に対するパロディや軽く茶化した表現のことを戯作と呼ぶようになった。
江戸時代の戯作
荻生徂徠などの影響で、当時の中国文学の口語小説の紹介・研究が進み、その影響を受けて読本などが書かれるようになった。また、『風流志道軒伝』などを書いた平賀源内は戯作者の祖と言われる。初期の戯作者の多くは大田南畝などの武士階級であった。18世紀中盤から洒落本や、草双紙の中でも黄表紙が栄えた。
しかし寛政の改革の弾圧によってそれまでの戯作に影が差すと、替わって庶民の中から式亭三馬や十返舎一九などの戯作者が現れ、読本や人情本、草双紙では合巻が多く流通するようになった。さらに天保の改革によって人情本が衰退すると、その穴を埋めるように合巻の刊行点数が増大した。