手塚敏雄
経歴・人物
栃木県河内郡河内町出身[1]。1916年に東京帝国大学法学部を卒業し、翌年に川崎造船所に入社した[1]。取締役を経て、1950年8月に川崎重工業社長に就任し、1961年7月に会長に就任した[1]。1954年1月からは川崎航空機社長も兼任し、1961年11月からは同社会長を務めた[1]。
脚注
- 興信データ株式會社 1966, て3頁.
- 1969年 7月30日 読売新聞 夕刊 p9
参考文献
- 興信データ株式會社『人事興信録 第23版 下』興信データ、1966年。
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