拓跋霄
経歴
南平王拓跋渾の子として生まれた。成長すると、身長は9尺、腰周りは10囲あって、容貌は魁偉であった。立ち居振る舞いは風雅で、率直な諫言を好んだため、朝臣たちに敬遠された。孝文帝に重んじられ、宗正卿・右光禄大夫の位を受け、後に左光禄大夫に転じた。493年(太和17年)、死去した。衛将軍・定州刺史の位を追贈された。諡は安王といった。
子女
- 元纂(南平王、恢武将軍、平西将軍・西中郎将、安北将軍・平州刺史)
- 元継
- 元倪
- 元羅侯(昌平郡太守)
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