掛井五郎
経歴・人物
静岡県に生まれる[1][2]。東京芸術大学在学中に[1][2]、木内克に師事し彫刻を学んだ[1][2]。卒業後は彫刻家としての活動を始め、1957年(昭和32年)に自身の作品が新制作協会が主催した個展に入選される[1]。
自身の作品はユーモアのある作風であり[1]、以降も多くの賞を受賞される[1]。1961年(昭和36年)には入選した個展の主催者である新制作協会の会員となり[1][2]、翌1962年(昭和37年)より青山学院女子短期大学(死去後の2022年(令和4年)に閉校)の教授としても活動した[1]。晩年は全国の展示場や美術館にて、掛井の作品の個展開催のために長男の掛井隆夫らが一般社団法人掛井五郎財団が設立され、死去後も開催されている。
作品
- 『受胎告知』
- 『バンザイ・ヒル』
- 『蝶』
- 『立つ』
脚注
- “掛井五郎”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)株式会社DIGITALIO. 2023年2月21日閲覧。。る
- “静岡出身の彫刻家 掛井五郎氏死去 91歳”. あなたの静岡新聞 (2021年11月23日). 2023年2月21日閲覧。
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