数住岸子
経歴
大学進学まで
福岡県大牟田市生まれ。1963年、小学校6年生の時、全日本学生音楽コンクール西日本大会小学生の部で第1位を受賞[1]。1967年、中学校卒業後、上京して桐朋女子高等学校音楽科に入学し、斎藤秀雄、前橋汀子、江藤俊哉に師事。1970年、桐朋学園大学に進んだ。
アメリカ留学
1971年、大学を1年で中退し、ジュリアード音楽院に全額スカラーシップを受けて留学、ドロシー・ディレイ、アレキサンダー・シュナイダー、ミシェル・シュヴァルベに師事。同年、カーネギーホールでデビューし、リサイタル活動やアメリカの主要オーケストラとの共演などの演奏活動を行う。1973年、カザルス音楽祭、アスペン音楽祭にソリストとして参加した。
脚注
- このコンクールで3位だったのがシンガー・ソングライターのさだまさしである。
- 数住岸子さん(バイオリン奏者、北九州市立響ホール音楽監督)死去 読売新聞 1997年6月3日 朝刊27ページ
外部リンク
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