文武王陵碑
概要
682年に、慶州四天王寺に建立されたが、その一部分が1796年発掘され、その後紛失したが1961年に慶州市東部洞で陵碑の下部分が発見され、国立慶州博物館に所蔵された[1]。2009年に慶州市東部洞の住宅の水道の近くから上部分が発見された[1]。セメントて固定され、洗濯板として使われていたのを水道の検針員が見つけ、実物と確認された。前漢に投降した匈奴の金日磾が新羅王族のルーツであることが明記されている[1]。
脚注
- “洗濯板として使われてきた新羅文武王陵碑の上部発見”. 中央日報. (2009年9月4日). オリジナルの2022年2月28日時点におけるアーカイブ。
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