新宿区立牛込仲之小学校

新宿区立牛込仲之小学校(しんじゅくくりつ うしごめなかのしょうがっこう)とは、東京都新宿区にある公立小学校である。

新宿区立牛込仲之小学校
北緯35度41分44秒 東経139度43分24秒
過去の名称
  • 牛込尋常尋常小学校
  • 東京市牛込仲之国民学校
  • 東京都牛込第六国民学校
  • 東京都新宿区立牛込第六小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 東京都新宿区
併合学校 余丁町国民学校
牛込原町小学校
設立年月日 1908年(明治41年)9月1日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B113210400074
所在地 〒162-0056
東京都新宿区市谷仲之町4-33
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校

概要

沿革

  • 1908年(明治41年)9月1日 - 東京市牛込尋常小学校として開校。同日、校章ができる。
  • 1911年(明治44年) - 第1回卒業式挙行。
  • 1923年(大正12年)9月1日 - 12時頃に発生した関東大震災により、屋根瓦と壁に僅少の被害があった。なお、校舎は避難者収容所となり、9月は休校した。
  • 1925年(大正14年) - 理科室ができる。
  • 1930年(昭和5年) - 校歌ができる。
  • 1931年(昭和6年)プールができる。
  • 1937年(昭和12年) - 新校舎が落成する。流線型模範校舎として新聞に紹介される。校旗を新調する。
  • 1941年(昭和16年) - 国民学校令により、東京市牛込仲之国民学校と改称。
  • 1944年(昭和19年) - 戦局の悪化により、栃木県芳賀郡市羽村、祖母ヶ井町、七井村、益子町に分かれて疎開する。残留児童とともに、帝都防衛部隊、通信部隊が校舎の一部を使用する。
  • 1945年(昭和20年)
    • 時期不明 - 学区域戦災のため罹災者を収容する。集団疎開児童が帰ってくる。
    • 9月24日 - 余丁町国民学校(現在の新宿区立余丁町小学校)を統合する。
  • 1946年(昭和21年) - 東京都牛込第六国民学校と校名を変更する。
  • 1947年(昭和22年) - 学制改革により、東京都新宿区立牛込第六小学校と改称。牛込第六小学校母姉会が誕生する。
  • 1948年(昭和23年) - 東京都新宿区立牛込仲之小学校と改称。新しい校章ができる。
  • 1949年(昭和24年) - 児童科学教室が開設される。牛込仲之小学校PTAができる。
  • 1955年(昭和30年) - 学校文集「さんご樹」が創刊される。
  • 1957年(昭和32年) - 開校50周年記念式典挙行。式典に元文部大臣天野貞祐が参列。
  • 1958年(昭和33年) - 図書館開館。
  • 1964年(昭和39年)10月10日 - 旧国立霞ヶ丘競技場陸上競技場にて挙行する第18回夏季オリンピック東京大会開会式にて本校児童により編成する鼓笛隊が参加[2]。
  • 1990年(平成2年) - 新校舎落成。
  • 1994年(平成6年) - コンピューター教室完成。
  • 1998年(平成10年) - 牛込原町小学校を統合。
  • 2008年(平成20年)3月8日 - 117人118脚を行い、ギネス記録達成。
  • 2009年(平成21年)3月 - 第100回卒業式挙行。
  • 2023年(令和5年)11月20日 - 新宿区は令和6年度より区立小中校の給食費無償化を発表[4]。
小学校の児童数と教員数[5]
年度児童総数1年生2年生3年生4年生5年生6年生教員数職員数
令和元年352人77人67人47人55人47人59人20人3人
令和2年355人67人68人64人46人58人52人20人2人
令和3年356人54人68人63人65人45人61人20人2人
令和4年337人53人48人67人64人61人44人21人2人
令和5年346人64人51人49人64人60人58人22人2人

アクセス

周辺

脚注

  1. 2016年4月8日放送 日本のカタチ(「古地図から江戸と東京のつながりを探る②) FMえどがわ「あしたへ…笑顔りんりん」金曜日「日本のカタチ〜江戸はこんなに面白い〜」
  2. 64年五輪の鼓動もう一度 鼓隊員、交流今も 日本経済新聞 2013年9月6日
  3. 牛仲ちゃんのとことこ きょろきょろ 東京都新宿区立牛込仲之小学校
  4. 『読売新聞 地域』「新宿区立小中校給食費無償化へ 来年度から」2023年11月20日、2023年11月21日閲覧
  5. 東京都教育委員会「令和5年度 公立学校統計調査報告書」統計・調査、2023年10月26日、2023年11月9日閲覧

外部リンク

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