新湊旋風
新湊旋風(しんみなとせんぷう)とは、1986年の第58回選抜高等学校野球大会にて北信越地区選出の富山県立新湊高等学校が下馬評を覆し、ベスト4まで勝ち上がった活躍のことをいう[1]。新湊旋風と呼ぶのはその前に魚津高校の「蜃気楼旋風」があったためである。
背景
富山県勢の高校野球のレベルは低く、春夏通じてベスト8が最高位であった。選抜高等学校野球大会についても第58回大会に新湊高校が出場するのも富山県勢として16年ぶりのことであった。秋季北信越大会準優勝であった新湊高校は出場校中打率最下位(.291)でもあり、大会前は注目を浴びることはなかった。
経緯
1回戦
3月28日
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | H | E | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 享栄 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 |
| 新湊 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | X | 1 | 3 | 3 |
- 享:近藤(8回)
- 新:酒井(9回)
- 審判
[球審]清水正
[塁審]相沢・坂崎・桂 - 試合時間:1時間45分
|
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
愛知の享栄が相手。享栄のエース近藤真一はプロ注目の逸材で、マスコミは近藤がどれだけのピッチングをするか注目した。雨が降る中での試合となり、近藤は2回に1点は取られたものの評判通りのピッチングを見せ、12三振を奪ったが、新湊のエース酒井盛政がコーナーを突く丁寧なピッチングと守備陣の鉄壁な守りで享栄打線を2安打完封し勝ち上がった。
2回戦
3月31日
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | H | E | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 拓大紅陵 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 4 | 9 | 0 |
| 新湊 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 1 | 0 | X | 7 | 10 | 2 |
- 拓:木村(6回1/3)、佐野(0回2/3)、山村(1回)
- 新:酒井(9回)
- 審判
[球審]清水幹
[塁審]布施・木島・森 - 試合時間:2時間10分
|
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
後にヤクルトに入団する飯田哲也らを擁する千葉の拓大紅陵が相手。拓大紅陵は秋季関東大会を制し、この大会の本命の一つとされ、「東の横綱」とも言われていた。6回表終了時点で4-0で拓大紅陵がリードしており、勝敗の趨勢が決まりかけたその裏、監督・檜物政義のアドバイスで開き直った新湊打線が爆発し一気に6点を取り逆転。そのあと酒井が拓大紅陵打線を抑え、ベスト8に進出した。この時、新聞各紙に「新湊旋風」「ミラクル新湊」の見出しが並んだ。
準々決勝
4月2日
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | R | H | E | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 新湊 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 9 | 1 |
| 京都西 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 18 | 2 |
- (延長14回)
- 新:酒井(14回)
- 京:佐々木(14回)
- 審判
[球審]相沢
[塁審]中西・杉中・布施 - 試合時間:3時間4分
|
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
名将・三原新二郎率いる京都西が相手。2年生エース・佐々木善丈との投手戦で、1-1のまま延長戦にもつれ込み13回裏京都西の攻撃。ワンアウト3塁の場面で3塁走者が投球動作の入る前に本塁に突入。酒井投手は冷静にプレートを外し、ホームへ送球しタッチアウト。さらに連打で二死一・二塁のピンチに詰め寄られるも左飛に打ち取り、サヨナラ負けの危機を脱した。一方14回表新湊の攻撃。ツーアウト1塁3塁の場面で、佐々木は一塁ランナーが走ったのに気付き投球動作を中断してしまう。ボークがとられ、3塁ランナーの生還を許してしまった。結局この1点が決勝点となり新湊は富山県勢として春夏通じて初のベスト4に進出した。一方の京都西は、酒井に18安打を浴びせながらも酒井の粘り強い投球と新湊の固い守りにも阻まれて、1点しか取れなかった。
準決勝
4月3日
|
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
準決勝はのちに法政大学を経て大阪近鉄バファローズ入りする好投手・髙村祐を擁する栃木の宇都宮南との対戦。前日の試合で200球近く投げた疲れからか酒井のピッチングに冴えがなく、主将・吉永晋に満塁本塁打を浴びるなど相手打線に捕まり3-8で完敗。甲子園を去ったが、その快挙と地元・富山県から大挙詰めかけた大応援団から強烈な印象を残した。
エピソード
- 新湊市(現・射水市)にある新湊高校は冬になると常にグランドが雪で覆われ、例年なら練習を行わなかった。しかしセンバツ出場決定を受けて、私設応援団「球友会」の協力もあって近隣の富山新港野球場のグランドを除雪し、長靴を履いて練習を重ねてきた。一回戦の享栄戦は小雨降りしきる中行われ、グランドのコンディションは悪かったが、新湊の酒井盛政は普段から雪のぬかるんだ中、練習を行っており問題なかったとコメントしていた。
- 新湊高校はこの年の夏の大会にも出場したが、優勝した天理に初戦で敗退した。読売新聞などはこの試合を「事実上の決勝戦」と書いた。この試合を実況した朝日放送の和沙哲郎は、粘り強く投げながら8回裏に天理打線の集中打を浴びた酒井に対して「忍び寄るものがあったんでしょう。」と、酒井の心境を慮っている。それから13年後の夏の大会で、石川県立小松高等学校相手に0-5の劣勢から9回表に一挙5点を挙げて追い付き延長戦に持ち込み、11回表に4点を取り9-5で夏の甲子園での初勝利を飾っている。この試合をスカイAならびにハイビジョン向け放送で実況した朝日放送の中邨雄二は、逆転した11回表、さらにダメ押しとなる三塁打でリードを4点に広げた瞬間「新湊高校、この粘り、この集中力は一体何だ!」と驚きを露わにして伝えている。
脚注
- 「センバツ高校野球 プレーバック新湊旋風(上)」毎日新聞富山版、2002年2月20日27面。同年も第74回選抜高等学校野球大会に出場している。