日拝塚古墳
日拝塚古墳(ひはいづかこふん)は、福岡県春日市下白水南にある古墳。1976年2月24日、国の史跡に指定された。
| 日拝塚古墳 | |
|---|---|
![]() | |
| 所在地 | 福岡県春日市下白水南 |
| 位置 | 北緯33度31分23秒 東経130度26分19秒 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 規模 | 全長46メートル、後円部径26メートル、同高さ6メートル、前方部幅36メートル |
| 史跡 | 国指定史跡 |
| 地図 |
![]() 日拝塚古墳 |
位置・規模
春日丘陵の先端に位置する、前方部を西へ向けた前方後円墳である。所在地の春日市は弥生時代には奴国の中心地だったところで、奴の国王墓とされる須玖岡本遺跡からも近い[1]。
古墳の規模は全長46メートル、後円部径26メートル、同高さ6メートル、前方部幅36メートルである[2]。二段築成で、葺石や埴輪は確認されていない。現在は消滅しているが、かつては周濠がめぐっており、濠を含めた全長は約60メートルになる[1][3]。
埋葬施設・出土品
主体部は花崗岩製の横穴式石室で、後円部南西に開口する。玄室の長さ3.6メートル、幅2.6メートル、高さ4.0メートルを測る。内部からは1929年に獣形鏡、金製耳飾、環頭大刀柄頭のほか、装身具、武器、馬具、須恵器などが出土した。出土品からみて、古墳築造は6世紀前半とみられる。出土品の大部分は東京国立博物館蔵となっている。なお、春日市の奴国の丘歴史資料館には、本古墳出土と伝える金製垂飾付耳飾が保管されている[1][3]。
飾金具
東京国立博物館展示。
出土土器
東京国立博物館展示。
脚注
- 木下修「日拝塚古墳」『図説日本の史跡3』、同朋舎出版、1991、p.203
- 規模については資料によって差があり、ここでは『図説日本の史跡3』によった。『日本古墳大辞典』(東京堂出版、1989)には全長47.2メートル、後円部径26メートル、同高さ6.1メートル、前方部幅39.2メートルとある
- “春日市文化財ガイドマップ”. 春日市. 2021年2月14日閲覧。
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