日本丸館
歴史
安政2年(1855年)に14代岩尾半蔵が「伏見屋岩尾古雲堂」を開業。明治20年(1887年)に15代岩尾昭太郎が特効薬「日本丸(にっぽんがん・にほんがん)」の製造販売を開始。東京・大阪・名古屋・京城(ソウル)に支店を構えシェアを広めるも、戦後は原材料であるジャコウやサイカクの供給が困難となり、昭和40年代に「日本丸」の製造を中止し店舗も縮小した。
建築
木造3階建、城郭建築を思わせる外観から「豆田の天守閣」の異名を持つ。明治・大正期築造で、当初は総二階造り(重箱造り)であったが、1926年(大正15年)に入母屋銅板葺の展望楼が本舗3階に増築された。母屋1階書斎は江戸後期築造と言われる。母屋2階には庭があり、かつては噴水が設けられていたという。
1992年(平成4年)には日田市の都市景観建築指定第1号に登録、2003年(平成15年)に「岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)」として国の登録有形文化財に登録されている。
関連項目
- 昭和学園高等学校 15代当主岩尾昭太郎により創設された。
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