曹翕
事績
正始3年(242年)、父の東平王曹徽が没し、後を継いだ。景初・正元・景元年間に何度も加増を受け、計3400戸を領した。
西晋の時代に入ると廩丘公となり、魏の宗室の中では曹志に次ぐ名声を得た。泰始2年(266年)、子の曹琨を入朝させて上表を奉るとこれを賞され、曹琨が騎都尉を加官されると共に、恩賞も下賜された。
『三国志』の注釈者である裴松之によると、著書に医学書の『解寒食散方』があった。一方、『隋書』経籍志によると、皇甫謐と論じ『寒食散方』を著したが、散逸したという。
出典
- 陳寿撰、裴松之注『三国志』巻20 東平霊王徽伝(中国語版ウィキソース)
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