曽根田千鶴
経歴
小学校のときは陸上競技を行い、最上中学校1年の時にクロスカントリースキーを始めた[3]。山形県立新庄北高等学校向町分校に進学し、高校2年の時は国体のリレーで青木富美子とチームメートになった[3]。2001年ノルディックスキー世界選手権に出場したが、2002年のソルトレイクシティオリンピック代表を逃し[3]、2003年2月のアジア冬季競技大会代表に選ばれて[4]夏見円、福田修子、横山寿美子との20kmリレーで銀メダルを獲得したものの[5]、2003年ノルディックスキー世界選手権の代表になれず、一時は競技引退も考えた[3]。2003-2004シーズンのW杯オーベルストドルフでの大会で11位となっている[2]。
オーベルストドルフで行われた2005年ノルディックスキー世界選手権では10kmフリーで43位[6]、石田正子、福田修子、横山寿美子との20kmリレーでは13位となった[7]。
2006年のトリノオリンピックには、標高およそ2000m十勝連峰を縦走する高地トレーニングなどを行い臨んだ[8]。15km複合では38位となり[9]、30kmフリーで25位となった[10]。
札幌市で行われた2007年ノルディックスキー世界選手権の30kmクラシックでは24位となった[11]。
主な優勝成績
脚注
- “スポーツ名鑑”. スポーツニッポン. 2012年5月21日閲覧。
- “トリノ2006 日本代表選手団”. 日本オリンピック委員会 (2006年2月10日). 2012年5月21日閲覧。
- ““活躍の背中”見せる番 スキー距離 曽根田千鶴 27(陸上自衛隊冬季戦技教育隊)”. 読売新聞. 2012年5月21日閲覧。
- “木村ら9選手が代表 冬季ア大会アルペン”. 共同通信 (2002年12月20日). 2012年5月21日閲覧。
- “青森冬季アジア大会、日本代表選手団「銀」メダリスト一覧(更新)!”. 日本オリンピック委員会 (2003年2月10日). 2012年5月21日閲覧。
- “日本は横山の29位が最高 ノルディック世界選手権”. 共同通信 (2005年2月17日). 2012年5月21日閲覧。
- “日本は女子リレーで12位 ノルディック世界選手権”. 共同通信 (2005年2月21日). 2012年5月21日閲覧。
- “調子上向き膨らむ期待”. 読売新聞. 2012年5月21日閲覧。
- “横山30位蛯沢42位と不振 スキー距離、五輪”. 共同通信 (2006年2月13日). 2012年5月21日閲覧。
- “曽根田の25位が最高 スキー距離”. 共同通信 (2006年2月24日). 2012年5月21日閲覧。
- “マリシュ圧勝、日本は惨敗 ノルディックスキー選手権”. 共同通信 (2007年3月3日). 2012年5月21日閲覧。
- “全日本スキー選手権”. 防衛省・自衛隊. 2012年5月21日閲覧。
外部リンク
- 曽根田千鶴 - Olympedia(英語)
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