本屋敷俊介

本屋敷 俊介(もとやしき しゅんすけ、1975年4月12日 - )は、大阪府出身のアスレティックトレーナープロ野球コーチ

本屋敷 俊介
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府
生年月日 (1975-04-12) 1975年4月12日(49歳)
身長
体重
170 cm
62 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

プロ野球選手としての経験はないが、2004年から2015年まで、オリックス・バファローズのコンディショニングコーチ。

経歴

大手前高等学校時代までは、プロ野球選手になることを目標に選手としてプレーするが、「選手としてプロ野球に入るのは無理」と悟ったため、トレーナーとしての球界入りすることを志すようになった。

高校卒業後の19歳でアメリカに渡る[1]と、カリフォルニア州立大学へ入学。6年間にわたってスポーツ選手のトレーニングやコンディショニング方法を学んだ後に、2000年シアトル・マリナーズへインターンとして迎え入れられた。2001年オリックス・ブルーウェーブからイチローが入団した縁で、同球団との関係者と知り合ったことから、2001年にトレーナーとしてブルーウェーブに入団[1]2004年からコンディショニングコーチに就任すると、後継球団のオリックス・バファローズでも引き続き担当した。

2007年もコンディショニングコーチとして登録されていたが、5月以降は、左膝痛で「再起不能」と見られていた清原和博の専属トレーナーを担当。現役引退を決断していた清原を涙ながらに説得しながら、「大腿部の軟骨を患部へ移植する」という手術が可能な医師を清原に紹介した。スポーツ選手で再起を果たした事例がないほど難度の高い手術だった[2]が、手術後には二人三脚でリハビリに専念。1年にわたるリハビリを経て、清原をスポーツ選手では初めての実戦復帰に導いた[3]

清原引退後の2009年からコンディショニングコーチに復帰。椎間板ヘルニアの手術を受けた伊藤光をリハビリで一軍正捕手への定着に道を拓いた[3]り、T-岡田の筋力を高めることで2010年パシフィック・リーグ本塁打王のタイトル獲得につなげたりするなどの実績と、真摯な姿勢で選手から厚い信頼を得た[2]

2010年からファームのトレーニングコーチも兼任したが、2015年10月3日にコーチ契約を更新しないことを球団から通告された[4]。しかし、現役選手時代から清原と親交があった金本知憲阪神タイガースの一軍監督へ就任したことを受けて、2016年1月1日付で同球団に一軍トレーナーとして入団[5]。入団後は、金本の意向に沿って、トレーニング方法の改革に取り組む[2]。2019年シーズンをもって退団。

詳細情報

背番号

  • 98 (2004年)
  • 84 (2005年 - 2012年)
  • 94 (2013年 - 2015年)

エピソード

清原からは、「本屋敷がいなかったら、二度とグラウンドに立てなかった」と語るほど絶大な信頼を受けている[2]2008年8月3日には、清原の一軍復帰戦(京セラドーム大阪での対福岡ソフトバンクホークス戦)終了後に、清原本人から当日の試合で着用したユニホームをもらった。そのユニホームには、清原の直筆による「本屋敷、ありがとう」という言葉とサインが入っていた。

脚注

  1. オリックス支える熱血裏方 本屋敷コンディショニングコーチ
  2. 阪神に清原氏恩人トレーナー、本屋敷氏を招聘へ日刊スポーツ 2015年12月25日
  3. 阪神、清原氏元担当トレーナー入団へ オリックス退団の本屋敷コーチスポーツニッポン 2015年12月25日
  4. コーチ退団のお知らせオリックス・バファローズ球団公式サイト2015年10月3日配信
  5. 阪神人事 藤井氏、渡辺氏らフロント入り 本屋敷氏新入団スポーツニッポン 2015年12月28日

関連項目

外部リンク

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