本田創造
人物・経歴
大阪市出身。1949年東京大学経済学部卒業[3]。1954年一橋大学経済研究所アメリカ経済研究部門で、都留重人教授や小原敬士教授の下、佐藤定幸とともに助手に就任[4]。
一橋大学経済研究所助教授[5]、神戸大学文学部助教授、一橋大学社会学部教授を経て、1988年一橋大学を定年退官し、一橋大学より名誉教授の称号を受ける。同年桜美林大学教授に就任。その後桜美林大学学長補佐、桜美林大学副学長を務めた[3][6][7]。2001年1月7日、虚血性心不全のため死去[8]。
専門はアメリカ社会経済史で[9]、1988年には岩波ジュニア新書『私は黒人奴隷だった : フレデリック・ダグラスの物語』で第35回サンケイ児童出版文化賞を受賞[3]。
指導学生に土肥恒之(一橋大学名誉教授)[10]、竹中興慈(東北大学名誉教授)[11]、辻内鏡人(元一橋大学教授)[12]、中野聡(一橋大学学長)[13]、佐藤千登勢(筑波大学教授)[14]、上杉忍(横浜市立大学名誉教授)、大森一輝(北海学園大学教授)、廣瀬直己(元東京電力ホールディングス社長)など[15]。
著作
著書
訳書
- K.C.ホイーア『リンカン : その生涯と思想』(小原敬士と共訳)岩波新書 1957年
- ジョン・ホープ・フランクリン『人種と歴史 : 黒人歴史家のみたアメリカ社会』(監訳)岩波書店 1993年
脚注
- 日本著作権協議会 編『著作権台帳 第24版 第1巻』日本著作権協議会、1997年10月。
- 「本田創造氏(一橋大名誉教授)死去」『讀賣新聞』、2001年1月19日、東京朝刊、39面。
- 「20世紀日本人名事典」
- 「一橋のアメリカ経済研究 」如水会
- 「過去に研究所に在籍した研究者」一橋大学経済研究所
- 「追悼・辻内鏡人 1954-2000」
- 「わが家の夕めし。桜美林大学学長補佐本田創造」『アサヒグラフ/テクノロジー70年・沖縄を掘る・ウミイグアナ』
- 『現代物故者事典2000~2002』(日外アソシエーツ、2003年)p.552
- 「本田創造 プロフィール」
- 「昭和46年度 学位授与・単位修得論文」一橋研究
- 加藤哲郎「追悼 本田創造教授(1924.5.5-2001.1.7)」本田創造追悼文集編集委員会編『毅然として』
- 「辻内さんの死を悼む」
- 廣瀬直己「これからの世代に伝えること(ゼミナールの肖像9 : 本田創造ゼミナール)」一橋大学創立150年史準備室ニューズレター
参考文献
- 本田創造追悼文集編集委員会編『毅然として : 本田創造追悼文集』本田創造追悼文集編集委員会 2001年
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