朴栄来
経歴
本籍地の全羅北道完州郡助村面生まれ[3][5]。全州高等普通学校(現・全州高等学校)卒[5]。以後助村面の面長を務めた[2]。1950年の第2代総選挙に無所属で立候補し当選した[1]。朝鮮戦争の際、完州郡龍進面の内務署にいたところ北朝鮮に拉致され[3]、以後同地で人民経済大学特設学部を卒業し[2]、1956年7月から在北平和統一促進協議会中央委員会委員を務めた後[6]、咸鏡北道の咸北農場に移住した。1977年2月24日に75歳で死去したとされる[4]。
脚注
- “대한민국헌정회”. rokps.or.kr. 2023年8月28日閲覧。
- “62기 중 안재홍 이광수 김효석 조헌영...등 좌우 인사 39명 묘소 최초 공개”. web.archive.org (2007年10月6日). 2007年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月28日閲覧。
- “3017.박영래 - 6·25전쟁납북인사가족협의회”. www.kwafu.org. 2023年8月28日閲覧。
- “정치 : 인터넷한겨레”. legacy.www.hani.co.kr. 2023年8月28日閲覧。
- “朴榮來(박영래)48無(무),新(신)”. NAVER Newslibrary. 경향신문 (1950年6月20日). 2023年8月28日閲覧。
- 霞関会 編『現代朝鮮人名辞典 1962年版』世界ジャーナル社、1962年8月1日、333 - 334頁。NDLJP:2973328/226。
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