杉山治夫
来歴
起業、二度の倒産
23歳で良家の娘と結婚。順風満帆と思われた矢先に、不渡りと事業の失敗で倒産。借金の取立てに来た高利貸しを説得して、その社長秘書に転職した。高知に戻り、半年後には「杉山眼鏡」を設立。再びホテル経営や高利貸しなどの経営に乗り出したが、暴力的な取立てで2ヶ月留置される。3年後には、後に杉山グループの中核となる日本百貨通信販売を設立。従業員90名を有したが、再び不渡手形を出して倒産。
東京進出
この頃から、その暴力的取立てが社会問題となり、ワイドショーの取材も受ける。取材中にお金をばら撒くなど派手なパフォーマンスで注目を集めた。しかしこのやり取りは打ち合わせでの「演出」とミッキー安川はルポライターとのやり取りで明かしている。また、杉山本人もミッキー安川とは事前にこっそりと打ち合わせをした上でのバトルであったと著書で打ち明けている。
著書
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