李惜児
経歴
北京の娼妓であった。景泰年間、鐘鼓司官の陳義と教坊司左司楽の晋栄の薦めで後宮に入り、寵愛を受けた。弟の李安は正六品錦衣衛百戸に任じられ、財帛と不動産を賞賜された。
景泰8年(1457年)の奪門の変によって景泰帝が廃され(ほどなく急死)、英宗が重祚すると、李安は配流され、陳義と晋栄は殺された。李惜児は追放され、以後の動静は不明である。
伝記資料
- 『明史』
- 『明英宗実録』
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.