李漢稷

李 漢稷(イ・ハンジク、朝鮮語: 이한직、1921年 -1976年7月14日[1])は、日本統治時代の朝鮮と大韓民国の詩人。本貫は全義李氏。号は木南(モンナム、목남)[2]。

生涯

京城に生まれた。慶應大学法科卒業。1939年前後に『文章』誌の推薦で文壇に登場した。作品には『風葬』『北極圈』などがあり、光復後の作品では『崩壊』などがある。朝鮮戦争時代は大韓民国空軍に所属し、蒼空俱楽部の一員として活躍した。1960年に文公部の官僚としてまた日本に渡り、日本で僑居した[2]。日本に東京都練馬区の自宅で膵臓癌により55歳で死去した[1]。

寡作のため、生前には詩集を出版しなかった。死後に『李漢稷詩集』が上梓された[2]。

脚注

  1. 경향신문: “在日(재일)시인 李漢稷(이한직)씨”. NAVER Newslibrary (1976年7月1日). 2022年9月7日閲覧。
  2. “이한직(李漢稷)”. 韓国民族文化大百科事典. 2022年9月7日閲覧。
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