李蓋
経歴
若くして名を知られた。太武帝の妹の武威公主が、北涼の沮渠牧犍の妻となっていたが、太武帝が北涼を平定するにあたって、李蓋が公主について密計を通じて助けたため、寵遇されるようになった。李蓋は太武帝の命を受けて公主を妻に迎え、先妻の与氏はこのため家を出された。後に侍中・駙馬都尉の任を加えられ、殿中尚書・都官尚書を歴任し、左将軍の号を受け、南郡公に封じられた。尚書左僕射に上り、在官のまま死去した。征南大将軍・定州刺史の位を追贈され、中山王に追封された。諡は荘といった。
子女
- 李恵
- 李初
- 李楽
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