東村 (茨城県)
東村(あずまむら、あづまむら)は、かつて茨城県新治郡に存在した村。現在の土浦市の南部である。
| あずまむら 東村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1939年6月1日 |
| 廃止理由 |
編入合併 東村 → 土浦町 |
| 現在の自治体 | 土浦市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 茨城県 |
| 郡 | 新治郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 隣接自治体 |
土浦町・九重村・小野川村 岡田村・朝日村・阿見村 |
| 東村役場 | |
| 所在地 |
茨城県新治郡東村大字中![]() |
| 座標 | 北緯36度03分06秒 東経140度12分09秒 |
| ウィキプロジェクト | |
位置・地勢
新治郡の南端に位し、稲敷郡および筑波郡に接する。僅かに霞ケ浦に面する。山林あり耕地も多いが概ね平坦。永國および岩田には高地があるが、花室川を潅漑とする水田が広がり肥沃である。大字乙戸に、東西約1キロの乙戸沼がある。
歴史
文政年間に、中村から西根と追戸(乙戸)を分立。また岩田村から小岩田を分立し母体を大岩田に。さらに右籾村の南部を拓いて摩利山新田と称す。大部分は土浦藩領である。明治維新後は土浦県、明治5年に新治県、明治8年には茨城県の所轄に。明治40年東村軍友会が発足、明治43年には帝国在郷軍人会東村分会と改称する。
地域
戸口
| 大字 | 男 | 女 | 計 | 戸 |
|---|---|---|---|---|
| 中(なか) | 303 | 289 | 592 | 96 |
| 永國(ながくに) | 142 | 125 | 267 | 45 |
| 小岩田(こいわだ) | 144 | 146 | 290 | 47 |
| 大岩田(おおいわだ) | 342 | 344 | 686 | 120 |
| 烏山(からすやま) | 135 | 151 | 286 | 45 |
| 摩利山新田(まりやましんでん) | 43 | 50 | 93 | 13 |
| 中村西根(なかむらにしね) | 333 | 315 | 648 | 104 |
| 乙戸(おっと) | 215 | 229 | 444 | 68 |
| 右籾(みぎもみ) | N/A | N/A | 630 | 147 |
字
小名、坪および小字を記す。永國は古くは長國とも称した。
- 中 - 上宿、中宿、下宿
- 永國 - 東、北、入、子、出崎、聖天
- 小岩田 - 荒地、西田、内出、出戸、荒屋敷
- 大岩田 - 白山、廣見、中臺、根崎、堂屋久保、竹子、木曾、辨才天、西ノ前、内根
- 烏山 - 久保、新地、新屋敷、馬場、前峯、宮鈴臺
- 中村西根 - 木曾、殿山、新町
- 乙戸 - 中坪、中東、東、西、南
- 右籾 - 久保、寺地、中屋敷、前、古辻、辻鍛治屋、高場、平
官公署
産業
農業が主力であり米麦を生産し、養蚕が次ぐ。他に蔬菜・茶・栗・豆・落花生など。東村農会において農業改良・指導を行い、農家の福利増進を図る。金融に関しては、右籾および大岩田に信用組あり、組合員に農業資金を供給する。
寺社
人物
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