東湖園
概要
江戸時代初期に岡山藩第4代藩主池田忠雄が藩主遊息所として築いた小堀遠州流の回遊式庭園で、元々は岡山藩重臣・丹羽家の下屋敷の跡で、岡山県下最古の日本庭園の一つであった。
操山を借景とした約 3700 m2 の庭園は、湧水の池、舟着き石、鎌倉時代の花崗岩製の七重石塔など、庭園の大部分が築庭当時のまま残り、1945年(昭和20年)の岡山空襲の被害も免れていた。
全体の三分の一を占める苑池は、舟遊びもできる廻遊と舟遊びを兼ねた様式の庭となっていて珍しいもの[2]であったが、文化財の指定を受けず、個人所有の庭園として長年維持・管理され、入園料400円で一般公開されていたものの、閉園時の先代の所有者が2012年(平成24年)に亡くなり、遺族が維持管理費の問題から閉園を決定した[3]。2013年(平成25年)5月からは見学を予約制とし、同年12月3日をもって閉園となった[1]。
園内施設
- 主亭映波荘
- 七重石塔
- 湧水の池
画像
苑池から主亭映波荘を望む
灯籠
主亭映波荘
脚注
出典
- “岡山の「東湖園」3日で閉園 最終日は無料開放”. 山陽新聞 (山陽新聞社). (2013年12月2日). オリジナルの2013年12月3日時点におけるアーカイブ。 2014年11月2日閲覧。
- “岡山の庭園”. 岡山シティミュージアム. 2014年11月2日閲覧。
- “岡山「東湖園」女子高生ら別れの歌声”. 読売新聞 (読売新聞社). (2013年12月4日). オリジナルの2013年12月11日時点におけるアーカイブ。 2014年11月2日閲覧。
- “「東湖園」閉園セレモニーで歌を披露しました (山陽女子公式ブログ)”. 山陽女子中学校・高等学校 (2013年12月3日). 2013年12月8日閲覧。
- “東湖園跡地にマンション計画 庭園様式記録し後世に”. 山陽新聞 (山陽新聞社). (2014年6月23日) 2014年11月2日閲覧。
- “【岡山】東湖園跡地に分譲マンションなど ミサワホーム”. 地方建設専門紙の会. (2014年7月30日) 2014年11月2日閲覧。
関連項目
外部リンク
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