東福寺 (菊池市)
東福寺(とうふくじ)は、熊本県菊池市亘にある天台宗の寺院である。菊池五山の1つ。
| 東福寺 | |
|---|---|
![]() 東福寺山門へと続く石段 | |
| 所在地 | 熊本県菊池市亘406 |
| 位置 | 北緯32度59分1.6秒 東経130度49分14.1秒 |
| 山号 | 輪足山 |
| 宗旨 | 天台宗 |
| 本尊 | 木造十一面千手観音立像 |
| 創建年 | 天慶元年(938年) |
| 開山 | 證慶 |
| 開基 | 尾藤隆房 |
| 正式名 | 東福寺 松林院 東福寺 |
| 札所等 | 肥後三十三ヶ所霊場第31番札所、菊池三十三ヶ所第1番札所 |
| 文化財 | 木造十一面千手観音立像ほか |
| 公式サイト | 東福寺 |
| 法人番号 | 8330005002926 |
![]() 東福寺 東福寺 (熊本県) | |
歴史
比叡山延暦寺正覚院の末寺で、朱雀天皇の勅願により、天慶元年(938年)、天台僧の大僧都・證慶法印によって開創されたと伝える。時の肥後国司・尾藤隆房が大檀那となり建立されたという。
以後、村上、円融、堀河と歴代天皇の綸旨を賜り、堀河天皇の寛治3年(1089年)には勅願寺になったとする[1]。
征西将軍懐良親王の命により、菊池氏第15代菊池武光が「菊池五山」を定めるに当たっては、当寺を再興して禅刹とした上、五山の第一となした。
武光が正観寺を建立してこれを菩提寺とするまでは、当寺が菊池氏の菩提寺であった。そのため、境内やその近隣には菊池一族の墓が現存する。往時は寺領25町歩、末寺も15箇寺を数えたという。菊池氏の勢力が衰えた後は再び天台宗に復し、現在に至る。
文化財
東福寺墓石群の主要な墓
かつて存在した僧坊
- 歓喜院 - 東福寺の南東、菊池武重の墓所がある地に存在した。
- 多門院
- 常楽坊
- 勝蔵坊
- 常行坊
- 得行坊
- 實相坊
- 清満坊
- 大門坊
- 圓満坊
- 萬善坊
- 什覚坊
- 實満坊
- 風光坊
- 歓清坊
- 大徳院
御詠歌
とうふくを西へつたえていそく身は わたりに舟を得んここちすれ
所在地
- 熊本県菊池市亘406
参考文献
- 「菊池風土記 巻4」武藤厳男ら編『肥後文献叢書 第3巻』(隆文館,1910)536-543頁
- 高橋小太郎『菊池自慢 一名・菊池案内記』(高橋小太郎,1915) 8-9頁
- 水曜会編『菊池余芳』(文明堂書店,1915)27頁
- 後藤是山編『肥後国誌 校訂 上』(九州日日新聞社印刷部,1916)426-430頁
- 『菊池忠誠史』(熊本県立菊池高等女学校々友会,1939)77頁
- 高濱政五郎『霊場肥後33カ所』(熊本新評社,1993)115-117頁
外部リンク
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