東郷良子
家出騒動
侯爵家令嬢として育つが、19歳の時(1935年(昭和10年)2月末頃)に家出をする。家出の理由は、学校(女子学習院)への提出物が間に合わなかったからとも伝えられるが不明。半月後、浅草のカフェーで女給として働いていたところを発見され、1935年(昭和10年)3月16日の東京日日新聞で報道されると帰宅を余儀なくされた。他の新聞も追随して報道したが、多くは国民的英雄の孫の「単なる若気の至り」として片づけ終息に向かった。しかし、國民新聞のみは、家出を華族の風紀の乱れと結びつけ、社会的制裁とばかりにデマを並べて執拗に報道を続けたことから、東郷良子は良家の子女としての立場を失った。
脚注
- 『平成新修旧華族家系大成』下巻(霞会館、1996年)p.785
- 『平成新修旧華族家系大成』下巻(霞会館、1996年)p.137
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