松井久吉
経歴
三重県阿山郡城南村(現・伊賀市)に生まれ、小学校6年の頃、国粋会に対する伊賀水平社の闘争を見聞したことから水平社運動に目を開き[1]、1922年、9歳で伊賀少年水平社に参加。小学校卒業後、家業の傘骨作りに従事しつつ米の廉売を訴えるビラを配って出版法違反で検挙[1]。失業者救済を求めて城南村から津市までの50キロの自転車行進デモを指導[1]。村役場の書記になってからも治安維持法違反で検挙[1]。延べ4年間の獄中生活を送る。
戦後は日本共産党に参加したが1955年に脱党。上野市議をしつつ部落解放同盟中央執行委員や同副委員長を歴任[1]。1975年、同中央執行委員長に就任[1]。1982年に退任。
脚注
- 部落解放同盟中央本部『上杉佐一郎伝』212-213頁
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