松岡正雄

松岡 正雄(まつおか まさお、1925年4月21日[1] - 2004年9月12日[2][3])は、日本実業家馬主

まつおか まさお

松岡 正雄
生誕 1925年4月21日[1]
日本の旗 日本 広島県[1]
死没 (2004-09-12) 2004年9月12日(79歳没)[2][3]
出身校 名古屋市立名古屋商業高等学校[1]
職業
肩書き
  • 株式会社キョウエイアドインターナショナル 元代表取締役
  • インターナシヨナルホース株式会社元代表取締役
  • ワールドオートプレート株式会社元代表取締役
  • 株式会社昼夜通信啓衆社元代表取締役
  • インターナショナル牧場 元代表
配偶者 松岡 留枝[1]
子供
  • 松岡 克彦(長男)
  • 松岡 雅昭(次男)
  • [1]
親戚 松岡 三郎(従兄) [1]

株式会社キョウエイアドインターナショナルなどの代表取締役社長を務めていたほか、馬主として「キョウエイ」「インター」の冠名で知られ[3]日本中央競馬会(JRA)のリーディングを獲得するなどの活躍を見せた。

経歴

1925年広島県出身[1]名古屋市立名古屋商業高等学校を卒業後[1]1948年にインターナショナル宣伝株式会社を設立[4]1961年広告代理店の共栄興業(1973年よりキョウエイアドエージェンシー[4])を創業する[1]1963年株式会社に改組のうえ代表取締役就任[1]1983年にインターナショナル宣伝株式会社とキョウエイアドエージェンシーを合併させ、社名をキョウエイアドインターナショナルに変更し、代表職を次男の松岡雅昭へ禅譲する[4]2004年9月12日午前11時24分、病気のため死去[3]。79歳没。

人物

従兄に、法学者明治大学名誉教授松岡三郎がいる[1]趣味読書[1]

馬主活動

松岡の勝負服

日本中央競馬会(JRA)に登録していた馬主としても知られた。勝負服の柄は桃、白袖、青三本輪、冠名には主に「インター」「キョウエイ」を、ほかに「ケイシュウ」「ワールド」も使用していた。1970年代1980年代前半には中央競馬のリーディングオーナーともなっており[5]、2023年現在、個人馬主としては最後にリーディングを獲得した馬主となっている。

1967年には競走馬の生産牧場であるインターナショナル牧場北海道沙流郡門別町に開設[6]オーナーブリーダーとしても活動。1997年キョウエイマーチ桜花賞を制して生産馬で初のGI競走制覇を果たした[6][7]。しかし正雄の没後に同牧場は閉鎖され、その後は次男の雅昭の甥が新ひだか町清畠のアイズスタッドにて馬産を行っている[7]

妻の松岡留枝、次男の雅昭も馬主であり、勝負服の柄はそれぞれ青、桃袖、白三本輪と鼠、黒十字襷。関連会社にインターナシヨナルホース株式会社があり、正雄の没後は同社が「桃、白袖、青三本輪」の服色を使用した。

留枝の勝負服を着用した秋山真一郎、騎乗馬キョウエイマーチ

主な所有馬

八大競走・GI級競走優勝馬

重賞競走優勝馬

その他の所有馬

松岡留枝の所有馬

インターナシヨナルホース名義の所有馬

脚注

注釈

  1. 西川幸男芦部照仁との共同所有。
  2. 地方移籍し伊藤和彦に名義変更後、2001年の東北サラブレッド大賞典を制した。
  3. 地方移籍し吉田光徳に名義変更後、2004年の大阿蘇大賞典を制した。

出典

  1. 『東京紳士録 昭和44年版』まの部 1034頁
  2. 松岡正雄氏、逝去”. ニュースぷらざ. 競馬ブックコーナー. 2023年2月28日閲覧。
  3. 松岡正雄氏(馬主)が病気のため死去”. nikkansports.com. 日刊スポーツ. 2004年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年12月30日閲覧。
  4. 沿革”. キョウエイアドインターナショナル. 2023年11月11日閲覧。
  5. 「昭和56年度馬主成績」『優駿』1982年2月号、日本中央競馬会、30頁
  6. 名馬牧場めぐりガイド 97-98 P146
  7. 松岡雅昭 (2014年4月21日). 私と馬との半世紀”. 夢を追って. 一般社団法人新潟馬主協会. 2023年12月31日閲覧。

参考文献

  • 『東京紳士録 昭和44年版』(東京探偵社、1968年)
  • 優駿』1982年2月号(日本中央競馬会、1982年1月)
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