松平濱子
来歴
群馬県佐波郡に生まれる[2]。日本女子大学校(当時は専門学校)に進学し、その最初の卒業生となった[2]。東京帝国大学が聴講生として女性の受講者を認めた際に、その最初のひとり(国文学専攻)ともなっている[2]。
1924年、現在の東京都新宿区西新宿(当時は淀橋町)に「関東高等女学校」(のちの関東国際高等学校)を開設し、これが関東学園の始まりとなる[2]。太平洋戦争の空襲で校舎を失ったため、1946年に館林市で「関東女子専門学校」(関東短期大学の前身)を開校した[2]。
歌集
- 『折にふれて』
- 『続折にふれて』
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