松村篁雨
来歴
武蔵国足立郡下上谷村(現・鴻巣市上谷)に生まれ、鴻巣宿で医業を営む[1]。同郷の横田柳几の門人となり、松羅堂と号する[1]。安永・天明年間、師匠の柳几とともに諸国行脚する。『松蘿堂随筆』『鹿島紀行』『筑紫紀行』『篁雨句集』などの著書がある。実家の家督は弟の甚兵衛に譲っていたが晩年は実家に戻り、77歳で没する。辞世の句は「道ばたに盆かわらけの破れけり」。墓は上谷の観音堂。
脚注
- “国・県・市指定文化財一覧|鴻巣市ホームページ”. www.city.kounosu.saitama.jp. 2016年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月22日閲覧。
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