松林豊
来歴
1925年、神戸市魚崎に生まれる。神戸市役所に勤務しながら阪神タイガースの応援にのめり込む。市役所を退職して運送業をしながら、応援の為に全国を駆け回った。1977年、十数個あった応援グループを統合して結成された私設応援団の初代団長に就任[1]。
1985年に阪神が21年ぶりのセ・リーグ優勝を達成したこの年、熱狂的な阪神ファンを意味する「トラキチ」という言葉が新語・流行語大賞流行語部門の銀賞に選ばれ、ファンを代表して賞を受けた[2]。
1987年に応援団団長を引退。その後も観戦・応援は続けており、2008年8月まで甲子園球場で観戦をしていたが、同年9月に入院。9月15日に肝臓がんのため死去。83歳没。亡くなる数日前まで阪神の成績を心配していたという[3]。
人物
脚注
- “阪神タイガース「ひげの応援団長」松林豊さん死去” (2008年10月7日). 2022年9月21日閲覧。
- “最期まで阪神を心配…伝説の「ひげの団長」逝く” (2008年10月7日). 2022年9月21日閲覧。
- “「ひげの団長」日本一の阪神ファン死去” (2008年10月7日). 2022年9月21日閲覧。
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