柴田勝春
概要
柴田勝家に仕えた。『士林泝洄』によれば父は勝家庶兄と伝わるが[2]、実子(勝家の五男)とする説もある。
天正11年(1583年)北ノ庄城落城の際、勝家は自身の肖像画を描かせ勝春に託したと言う。勝春は極めて幼かったが家臣らに連れられ脱出した [3]。
参考文献
- 『尾張群書系図部集』(続群書類従完成会 、1997年、498p)
- 『旧柳川藩志 - 第 3 巻』(福岡県柳川・山門・三池教育会 、1957年、224p)
- 『織田一族の肖像画展 織田町歴史資料館平成 16年度企画展覧会図錄』(織田町歴史資料館 、2004年)
脚注
外部リンク
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