栄子姫

栄子姫(えいこひめ 、生没年不詳)は、戦国時代女性本多忠勝の妹で、長束正家の正室。

本多忠高の娘。慶長5年(1600年関ヶ原の戦いで敗れた夫の長束正家は佐久良谷で自刃した。栄子姫は城を脱出し、正家の旧臣山本浅右衛門に匿われ、そこで男児を出産するも、間も無く死去した。

水口町柏木神社の西に葬られたといい、現在も「姫塚」が残る[1][2]

残された男児は浅右衛門の元で育てられ大徳寺3世の還誉上人となった。還誉上人は母の菩提を弔うために北脇の地蔵堂を改築し、栄照寺と号した。

参考文献

  • 『探訪日本の城: 北陸道』(小学館、1977年、119p)

脚注

  1. 水口町教育委員会編『水口の伝承』1975年。
  2. 姫塚”. 滋賀県. 2022年12月8日閲覧。

外部リンク

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