栗原乙女
経歴
光仁朝の宝亀元年(770年)11月、无位より外従五位下に昇叙したとあるのが、史料における初見。この時の叙位は、天皇が御鹿原(みかのはら、山背国相楽郡瓶原)に行幸した際に[1]、天皇に奉仕したことによるもので、後宮出身の女性であったと考えられている[2]。
脚注
- 『続日本紀』宝亀元年11月10日条
- 岩波書店『続日本紀』補注31 - 四〇
参考文献
関連項目
- 栗原子公…同族と推定される。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.