桂米太郎
初代
| 初代 | |
| 生年月日 | 1896年 |
|---|---|
| 没年月日 | 1965年 |
| 出身地 | |
| 師匠 | 桂米若 |
| 名跡 | 1. 桂文弥 2. 初代桂米太郎 |
| 活動内容 | 上方落語 |
| 所属 | 新桂派 大八会 |
初代 桂 米太郎(1896年 - 1965年ころ)本名未詳。
桂米若?の門下で文弥を名乗り新桂派に出ていたが、大正の末に大八会に移り桂米太郎と改名。
落語では「お玉牛」を得意としたが「百面相」という珍芸で売った。また田植えから米の炊き上がるまでの「米洗い」の下座の曲にのせて見せる珍芸は逸品だった。昭和期には寄席に出ず漫才などの色物・諸芸一座に加わった。
最晩年の昭和30年代に「米洗い」をテレビで披露している。没年不詳。昭和40年ころに没。桂朝丸(現在の2代目桂ざこば)も若いころに「米洗い」を挑戦したがしんどさに断念した。
2代目
| 2代目 | |
![]() 結三柏は、桂米朝一門の定紋である。 | |
| 本名 | 池田 賢次 |
|---|---|
| 生年月日 | 1949年10月11日 |
| 没年月日 | 1982年8月10日(32歳没) |
| 出生地 | |
| 師匠 | 3代目桂米朝 |
| 活動期間 | 1970年 - 1982年 |
| 活動内容 | 上方落語 |
| 所属 | 米朝事務所 |
| 備考 | |
| 上方落語協会会員(1970年 - 1982年) | |
2代目 桂 米太郎(1949年10月11日 - 1982年8月10日)は、本名池田 賢次。
1970年4月に3代目桂米朝に入門。噺家になる前はコックをやっており、内弟子時代は料理などを振舞って師匠米朝に重宝された。広島県出身で訛りがあったため、あまり活動はしておらず、「岩田寄席」の世話役を引き受けるなど若手の指導に力を入れた。1982年に32歳で急死。
出典
- 諸芸懇話会、大阪芸能懇話会共編『古今東西落語家事典』平凡社、ISBN 458212612X
- ご存知古今東西噺家紳士録
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