桓楚 (秦末)
桓 楚(かん そ、生没年不詳)は、秦末から楚漢戦争期にかけての武将。
桓楚は豪傑として有名だったが、秦の追及から逃れていた。
紀元前209年秋9月に秦の会稽郡守の殷通が名士である項梁を招き呼び寄せたときに殷通が「江南地方のほとんどが反乱を起こした。これは秦を滅ぼす意味を指すであろう。『先んずれば人を制し、後るれば人に制せられる』というが、私は挙兵して項梁どのと桓楚を将軍にしたいと思う」と述べた直後に、項梁が桓楚の所在を知っていると述べて、外間に控えていた項梁の甥の項羽が姿を現すと殷通を殺害して、会稽郡を支配すると桓楚は英布とともにその傘下に加わった。
参考文献
- 『史記』項羽本紀
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