桓石生

桓 石生(かん せきせい、生没年不詳)は、東晋軍人譙国竜亢県の人。東晋の征西大将軍桓豁の子。東晋に仕え、桓氏一族の興隆に貢献した。

生涯

東晋に仕え、司徒左長史に任じられていた。

隆安年間、侍中長史に任じられた。その後、太傅長史・驃騎長史を歴任した。

元興元年(402年)1月、驃騎大将軍司馬元顕が後将軍桓玄の討伐を目論み、軍の派遣を計画した。驃騎長史[1]に任じられていた桓石生は、これを密書で桓玄に知らせた。3月、前将軍・江州刺史に任じられた。

在官のまま、亡くなった。

家系

  • 桓豁

兄弟

脚注

  1. 『晋書』巻99 桓玄では、太傅長史であったと記されている。

参考文献

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