梅好斎
来歴
流光斎如圭の門人かといわれる[1]。大坂の人で陰山氏。俗称は三郎兵衛。梅好斎と号す。狂歌名は白縁斎梅好。今橋筋の書肆塩屋主人であった。狂歌師としては明和から文政期に活躍した他、文化期に作画をしている。
作品
- 「まつたしばらく・九世森田勘弥」 細判校合摺 文化2年正月 大坂角座『まつたしばらく今入姿』より
脚注
- 『浮世絵の基礎知識』は122頁の流光斎派系図において流光斎如圭門人とする。
参考文献
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