棚夏針手
概要
本名は、田中真寿といい、別の筆名として田中新珠も使っていた[1][2][3]。
東京出身で、中学中退後に家業の質屋業を営みながら、詩作に取り組んだ[1]。
1922年に文芸誌『明星』や『白孔雀』に作品が掲載され[1]、以降1929年までの間に、『青騎士』、『謝肉祭』[3]、『詩と音楽』[2]、『近代風景』[1]などの詩誌に関与して28篇の詩作品を残した[3]。
その作風は、外国からの影響によらずに、象徴主義からシュルレアリスムへと進んだ、独自のものであった[3]。
脚注
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