榎徹
榎 徹(えのき とおる、1959年2月4日 - [1] )は、大分県佐伯市出身[1]の実業家。
えのき とおる 榎 徹 | |
|---|---|
| 生誕 |
1959年2月4日(65歳) |
| 出身校 | 九州大学 |
| 職業 |
大分フットボールクラブ取締役 Jリーグ監事 |
経歴
大分県立佐伯鶴城高等学校・九州大学法学部を経て、1982年に大分県職員に採用される。2008年開催のチャレンジ!おおいた国体では国体局・競技式典課主幹(式典担当[2])として運営に携わった。その後は商工労働部・雇用人材育成課参事、企画振興部文化スポーツ振興課長、東部振興局長などの役職を歴任した[1]。
2016年1月にJリーグ・大分トリニータの運営会社である株式会社大分フットボールクラブの代表取締役に就任[1]。なお就任が決まったのはリリースの1日前であった[3]。2009年に発覚した経営危機からの再建中で、チームもJ3リーグに降格した直後[4]での就任となったが、2019年6月にファンド株の買戻しを完了し、経営再建を完了させた[5]。
2020年3月12日、Jリーグ理事(非常勤)に選任されたことが発表された[6]。2023年1月1日付で監事に異動[7]。
2023年1月17日、大分FC代表取締役を退任し取締役へと異動、後任の代表取締役には常務取締役を務めていた小澤正風が就任した[8]。
脚注
- 『株式会社大分フットボールクラブ 代表取締役 榎徹氏 就任のお知らせ』(プレスリリース)大分トリニータ、2016年1月20日。 オリジナルの2020年2月28日時点におけるアーカイブ。2020年2月28日閲覧。
- “2008年 大分の「夢の後始末」<前編>シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」”. スポーツナビ (2018年2月27日). 2020年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月28日閲覧。
- “2008年 大分の「夢の後始末」<後編>シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」”. スポーツナビ (2018年2月28日). 2020年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月28日閲覧。
- 翌年J2リーグ復帰を果たし、更に2019年にはJ1リーグ昇格も果たした。
- 『株式会社大分フットボールクラブ 臨時株主総会 報告内容のお知らせ』(プレスリリース)大分トリニータ、2019年10月24日。2020年2月28日閲覧。
- 『理事・監事、特任理事選任の件』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2020年3月12日。2020年3月17日閲覧。
- 『役員体制の変更について』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2022年12月26日。2023年3月6日閲覧。
- 『【お知らせ】代表取締役の交代について』(プレスリリース)大分トリニータ、2022年12月14日。2023年3月6日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 榎徹 (enoki.toru) - Facebook
- 榎徹 (@trinita_enoki) - X(旧Twitter)
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