横山長泰
生涯
通称は三左衛門。加賀八家の一つで金沢城代などを務めた[1]横山家の一族のうち、家祖長隆の4男である横山常隆の次男。前田利常に仕え[2]、御馬廻組として、慶長13年(1608年)に父常隆の遺領のうち800石を拝領。慶長14年(1609年)に病死[2]。嗣子がいなかったため、妹を養子とし、その婿養子として従弟の横山長連を迎えて家を継いだ。
系譜
脚注
- 『金沢城代と横山家文書の研究』石川県教育委員会金沢城調査研究所。
- 横山隆吉 編『明治七年三月 先祖由緒一類附帳 横山隆吉』金沢市立玉川図書館近世資料館所蔵 加越能文庫。
出典
- 金沢市立玉川図書館近世資料館所蔵の加越能文庫より、横山政賢(1765-1809)の編さんによる横山氏の惣系図「横山氏系図」
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