横手市立金沢中学校

横手市立金沢中学校(よこてしりつ かねざわちゅうがっこう)は、秋田県横手市金沢中野にかつて存在した公立中学校

横手市立金沢中学校
地図北緯39度22分36.01秒 東経140度34分12.49秒
過去の名称 金沢町立金沢中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 横手市
校訓 剛健(たくましく すこやかに)
設立年月日 1947年4月1日
閉校年月日 2013年3月31日
共学・別学 男女共学
所在地 013-0814
秋田県横手市金沢中野字根小屋84番地
外部リンク 公式サイトウェブアーカイブ
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校

概要

金沢中学校は、戦後学制改革によって1947年昭和22年)に開校した学校であったが[1]2013年(平成25年)に横手北中学校へ統合し、閉校した[2]。横手市北東部の金沢地区に位置し、後三年合戦関連遺跡のある「陣館[3]」と呼ばれる丘陵地に校舎を構える[1][4]

閉校時まで使用された校舎は1983年(昭和58年)竣工の鉄筋コンクリート構造の教室・管理棟(1145.54m2)、特別教室棟(609.09m2)と、鉄骨構造の体育館(709.22m2)で構成される[5]。土地面積は7,227.56m2[5]

沿革

略歴

1947年4月1日施行された学校教育法により「中学校」が設けられることになり、旧横手市[注 1]内には8つの中学校が誕生[注 2]、金沢中学校もここで誕生している[1]。ただ、発足時点では金沢小学校に併設する形で開校しており、独立校舎が竣工したのは1949年であった[1]。当時は資金や物資が不足しており、八幡神社参道の大木を材木として利用し、土地の造成は3年生の生徒が放課後や休日を使い行ったという[1]

1956年9月30日金沢町横手市に編入し[6]「横手市立金沢中学校」と改称[4]。なお、旧金沢町の北部は1958年4月22日仙南村(現・美郷町)へ分市し、北部と南部の両派に分かれて対立が起こるなどして学校教育にも影響を及ぼした[6]

1982年には火災により校舎が消失[4]。翌年に再建され、その校舎が閉校まで使用されることになった[5]

少子化に伴う中学校再編により、2013年4月に横手西中学校鳳中学校と共に横手北中学校へと統合され、閉校した[2]

年表

以下、注釈の無い項目は学校のウェブサイトによるもの[4]

周辺

著名出身者

脚注

注釈

  1. 当時は市制施行前の横手町。旭村栄村境町村黒川村金沢町は当時未編入。
  2. 横手第一中学校、横手第二中学校、横手第三中学校、旭中学校、栄中学校、黒川中学校、境町中学校、金沢中学校

出典

  1. 横手市 2011, p. 489.
  2. 【定住促進】横手市のなりたち”. 横手市 (2021年9月28日). 2024年1月19日閲覧。
  3. 施設案内 陣館遺跡”. 横手市 (2021年9月28日). 2024年1月19日閲覧。
  4. 学校紹介”. 横手市立金沢中学校. 2016年3月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月19日閲覧。
  5. 旧金沢中学校利活用事業者を募集します!!”. 横手市 (2016年9月20日). 2016年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月19日閲覧。
  6. 横手市 2011, p. 499.

参考文献

  • 横手市史編さん委員会『横手市史 昭和編』横手市、1981年。
  • 横手市編『横手市史 通史編 近現代』横手市、2011年。

関連項目

外部リンク

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